橘川幸夫さんは僕が高校生時代に創刊されたロッキングオン創刊メンバーで、その後ポンプという全部読者投稿という1970年代としてはとてもラジカルな雑誌を発刊したりして、まぁ、そういうことよりも当時の円vsドルレートが200円台で、Led ZeppelinもDeep PurpleもEric Claptonもあんまり日本に来てくれなくてあこがれの彼方だった時代に、こういう人たちをとても身近に感じさせてくれたロッキングオンの人、というだけで僕にはかけがえのない存在である。

当時高校生だった僕が既に50歳を超えているのだから、当時20台だった橘川さんたちの年齢は推して知るべしだが元気で活躍されているのが嬉しい。そんな橘川さんが今年9月からFC2でブログを始めた。自分の会社のブログもあるけど、こちらはもっと自由にものを書く、ってことなのかな?言ってくれればブログくらい僕が作るのに・・。僕のことを知っている人ではないので仕方ないんだけど。

橘川さんが8月末に三陸に行ってきた報告があった。メディアに拘ってきた人らしく地元メディアと人間の生活とでもいうべき切り口が新鮮だ。藤田新聞店という地元の新聞屋さんの還暦を過ぎた社長が手刷り・手渡しの新聞で活躍していることに触れている。

避難場所では、行政からの連絡事項や、ボランティアからの支援の情報が掲示板に貼られている。しかし、それをじっくり読む余裕もなく、貼られているということすら知らない人が多い。藤田さんは、そうした掲示板を周り、地域住民にとって重要と思われる項目をピックアップして、それを編集して「ふれあい交差点」に記事として掲載して地域に配布した。

以前にある企業のCSR担当の方の話を聞いた時に、企業が例えば「被災地の子どもを無料招待」というような企画を立てても、行政に頼むと掲示板に貼ってくれるだけで、全然、集まらないと言われたことがあった。藤田さんのような地域住民に対して、きめ細かい情報流通を作ってあければ、もっと効果的に支援の効果があがったと思う。

インターネットは確かにスピーディに、コストも安く情報伝達が出来るが、実際に支援情報を必要としている中高年には届かないことが多い。インターネットの情報圏外に、多くの本当に困っている人たちがいるのだ。

藤田さんの話で感動的だったのは、地域が孤立した時に、自衛隊が来て、野外入浴施設を設置してくれた。地域住民にとって、とても嬉しい支援だった。その役割が終わり、自衛隊は静かに撤収しようとしたという情報を藤田さんが聞きつけ、このままお礼もせずに返しては気仙沼のなおれだ、と、夜を徹して「ふれあい交差点」を他の新聞店まで行き、手折りで新聞にはさみこみ配ったという。翌日、自衛隊の撤収の時、多くの住民が集まり、感謝のお別れをしたとのこと。

(中略)

僕たちは、インターネットの時代を迎えて、自宅のパソコンで全ての情報が入手出来て、全ての人たちに情報を発信出来ると思いがちだろう。情報の表皮は、それで伝わるかも知れないが、血の通った本当の情報は、やはり、人と人との関係の中で交換されるものだと思う。顔の見える範囲での発信者と受信者の関係が成立する地域メデイアは、全世界的なインターネットメディアの中でこそ、新しい輝きを発していくはずである。

via metakit.blog39.fc2.com

パソコンの前に座ってググれば世界中のことが分かる気がする。インターネットは僕らをそんなところに連れてきてくれた。でも、ネットメディア論でよく話が出るようにネットをしない人が圧倒的にいる。それから途上国でもネットに縁も所縁もない人がたんくさんいると思われる。

face to faceのコミュニケーションとネットのコミュニケーション、これが補い合うのが正しいあり方かもしれない、と思いました。