2018年1月18日(木) 16:29 JST

原発もあの戦争も、「負けるまで」メディアも庶民も賛成だった?

  • 2011年8月11日(木) 13:45 JST
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メディア

日経ビジネスオンラインで池上彰氏の連載が始まった。第1回は『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』著者、東大教授の加藤陽子さんとの対談。不勉強でこの本知らなかったのですがずいぶん評判になったんですね。この本、面白そうなので後で読もう。ネット上でも様々論じられています。

日経ビジネスオンラインのこの記事を読んだのは、タイトルに惹かれてしまったから。侵略戦争と連合国への開戦と走っていった1930年代の日本人と現代の日本人は意識においてあまり変わっていない、というのはmugendaiさんも何度も触れていたことだ。加えて、敗戦・原発事故、いずれも社会の空気が一変するほどのインパクトのある事象だった。なんとなく感じていたことが言葉になっていたので読んだと思われる。

第2次世界大戦・自衛隊の存在などに触れて二人は、なぜ賛成と反対の議論が膠着してしまい、これらが止揚されて新しい展望や方法論が生み出されることにならなかったか、そして原発賛成派と反対派においても同じ轍が踏まれていたと語る。

 

加藤:それは、反対派の論じ方にも問題があったと思います。現実的な反対論というのは、本当に難しい。すぐに「絶対反対」の理想論に走り、神学論争を仕掛けてしまう。すると、先ほど池上さんがお話しされた自衛隊のヘリコプター問題のような「現実」がないがしろにされてしまう。今の原発だって、止めるにしろ続けるにしろ、「原発が実際にある」という「現実」を見据えないと、対応はできませんよね。廃炉に至るまでの工程では、まさに原子炉工学の粋が必要になってくる。専門家と技術者と運営主体は今後も欠かせないわけです。理想を掲げた反対運動に殉じてしまう。これでは「現実」は動きません。

個人的にはリベラルや左派こそ、オタクと称されるほどに、軍事や科学や技術に通暁して欲しいと思います。リベラルによる現実主義、保守による理想主義。この、あまり見かけない、たすき掛けの組合せを追求したいものです。

池上:第二次世界大戦、自衛隊=安全保障、そして原子力行政は、政府もマスコミも国民も、「現実を見ない」という点では「失敗の構造」が同じだったことが、はっきりわかりました。

via business.nikkeibp.co.jp

我々は、過去の失敗に学びこの業のようなものを転換することが出来るのだろうか?いや、必ず出来ると信じて前を向いて進みたい。