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21世紀になっても餓死者がいる日本

  • 2015年3月29日(日) 15:35 JST
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時事問題 稲葉剛「生活保護から考える」を読んだ。20年以上にわたって生活保護サポートに携わってきた人の言葉は重みがある。民主党から自公への政権移行により曲がりなりにも日本経済が復活しつつあると思っていた自分には大変にショックな内容だった。

イギリスでは郵便局に生活保護申請のハガキが置いてあり、誰でもすぐに申し込みができるらしい。ハリーポッターの著者、JK ローリングスは執筆当初はシングルマザーで、この政府補助のもとで小説を書いて世紀のベストセラー作家になったという。翻って日本の貧困層では、そもそも生活保護を受けられることを知らない、制度を知ってはいても自分が対象になると思っていない、申請できるかもしれないと分かっていても書類を書くことが苦手で申請しない、申請時の役所とのやりとりや周りの視線が怖くて申請できない。

更に日本での生活保護「利用」を難しくしているのは、各窓口で行われている「水際作戦」。違法である窓口での実質的な審査・申請者のフィルタリング。最悪の場合、悪口や恫喝による申請の締め出し。不況業種での突然の解雇・疾病による失職・障がい・老齢による不如意、だれもが突然にこうした状況にならないと誰が言えるだろう?本書で描かれる生活保護やそのボーダーラインにいる人達には憲法で保証されている「健康で文化的な生活」はない。

送信者 2015/03/29

中でもショッキングだったのはこのグラフだ。1990年代後半から21世紀にかけて餓死者が増えている。ピークの2003年は90人を超える。これが本当に日本での出来事なのか?1年に100人弱の人が餓死している・・・。正確には「食料の不足が原因の死者数」なので事故的なものもあるのかもしれない。実際にグラフが始まっている1980年以降ゼロだった年はないが、どんどん増えているようにみえるのは一体どういうことなのか?

読みながらずっと気になったことは、本書全体が「生活保護予算がどんどん削られている」というトーンで一貫していることだ。その一貫性はいいとして、高齢化の進行下で逼迫している国家財政を考えると、支出抑制と財源確保はやはり両輪と思う。著者は現場の人であり、一方的に予算を削られたその現場の報告だ、いう立場とは思われるものの、国家予算のどこを削って生活保護予算に充てるべきか、という議論がないことが気になった。新書でそこまで書けない、それはみんなで考えましょ、ということなのかとは思うのだが。

「生活保護者甘えるな!」「生活保護の前にまず家族が面倒見ろ!」と少しでも思ったことがある方には是非とも一読をお勧めする。こうした言説がほんとうに保護を必要としている人への直接間接的な攻撃と成り得ること、基本的人権を侵すことに手をかしていることに成り得ること、そして自分がいつの日かこうした保護を必要としないとも限らないことを思えば、それは自分自身の首を締めていることになることが理解できると思う。良書である。

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