2018年4月20日(金) 17:47 JST

開沼博「フクシマ論」原子力ムラはなぜ生まれたのか、を読んだ

  • 2016年8月29日(月) 09:32 JST
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思想・社会学

「あー、社会学ってやっぱり役に立つ学問だ」  が最初の読後感。一応学部で社会学専攻した身としては、社会学が世の中の役に立つことが嬉しい。開沼博さん、原発後にかなり活動している若手社会学者。丁寧な論考に引き込まれた。

明治維新前後から現代まで、知事が政府から任命されていた時期、知事が選挙で選ばれるようになった時期、戦後に市町村議会が福島県内で動くようになり、元々豊かでない中でどうやって地元社会を良くしていくのか悩みに悩んでいた人びと。福島第一原発敷地は、戦後の一時期まで西武の持ち物で、塩田だった。へぇー。

郷土愛がやがて所謂「原子力村」的なものに絡め取られている経緯、これは「中央と地方」のこととして福島に限らず普遍性のある議論。そして、もっとも大切なこと、著者は原子力村的なものを都会から冷ややかに見下す視点ではなく、地元民の一人として、原子力発電所をそこのあるそのままのものとして受け入れ、廃炉が進む環境の中での共生を志向する。とても健全な視点だと思うし、こういう流れをこそ応援していきたい、と思った。

 

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