2017年10月23日(月) 03:54 JST

福島第一原発廃炉図鑑 を読んだ

記事を友だちにメール印刷用ページ
  • 2017年2月18日(土) 10:58 JST
  • 表示回数 338
東日本大震災

開沼博氏、糸井重里氏などが執筆しています。図解・写真が豊富で分かりやすい。福島に現実に暮らしている(いた)人々、働いている人々がそこに存在し、廃炉という避けて通れない事実をしっかりと見据えて、どうやってより住みよい場所にしていくか、という視点に共感する。

宮台真司 「結局、『絆』とはなんだったのか?」 2011.12.30

記事を友だちにメール印刷用ページ
  • 2012年8月27日(月) 23:32 JST
  • 表示回数 2,116
東日本大震災

TBSラジオ・荒川強啓デイキャッチ! 宮台真司デイキャッチャーズボイス「結局、『絆』とはなんだったのか?」より

誰かの助けを期待したり、誰かが何かをするのを当てにして「絆」を語ると「絆」という言葉が軽く嘘臭く手垢にまみれてくる。自らが困っている人たちに手を差し伸べる「行動」をする時にだけ「絆」ということばに真実が宿ってくる。

言葉というものは、いつでも行動に裏付けられてこそ真実を語るものになる。

About these ads

推進力を失った原子力発電 GEのトップが認めた高コスト、未来はガスと自然エネルギー?

記事を友だちにメール印刷用ページ
  • 2012年8月 8日(水) 13:30 JST
  • 表示回数 667
東日本大震災

GEのCEOが「原子力発電はコスト競争力が無くなった」と認めたらしい。でも、大量のシェールガスが発見された米国ではそうなるけど、欧州・アジアではそうでもないらしい、というフィナンシャシャルタイムズの記事です。

 「欧州では、ガス市場が米国の状況と同じになる可能性は低く、そのため、各国の市場によっては、原発プロジェクトは経済的に正当化できる。また、アジアでは、各国はまだ高価な輸入液化天然ガス(LNG)に依存しているため、原発プロジェクトは非常に魅力的に見える」

推進力を失った原子力発電 GEのトップが認めた高コスト、未来はガスと自然エネルギー?.

福島の人々と一緒に考える

記事を友だちにメール印刷用ページ
  • 2012年6月 9日(土) 18:42 JST
  • 表示回数 705
東日本大震災

佐藤順一さん。福島県郡山市の学習塾『佐藤塾』の講師&副塾長 。立教大学理学部物理学科卒・同大学院理学修士 。原発事故後、生徒や保護者から放射線について質問を多く受けたことから、放射線についての資料作成や、地域での講演・勉強会等の活動を続けている。

福島に住む人々はどのように放射線被害に立ち向かうべきなのか?立ち向かっているのか? そもそも放射線はどれくらい安心でどれくらい怖いものなのか?これに淡々と立ち向かっている人がいた。感動。お話は目から鱗です。

今は脱原発とか反・反原発とかいろいろな議論が出ていますけれど、今の福島はすでにそういうフェイズではないので、その辺の現実を理解してもらいたいな、と思うんです。つまり、原発の是非のような議論のプロパガンダとしてあんまり福島を使わないでください、という気持ちが非常に大きいですね。今はそれどころじゃない状況なので。お母さんたちの意見を見ても、「ここに住んでいて本当に大丈夫なのか」と自問自答をくり返していたり、子供がいるお母さんなんかは「子供がいるのに残るという選択をして、それは本当に正しかったのか」と悩んでいる方が非常に多いんですよ。そういう方々に対しては、僕はこれからも「その選択はまちがいじゃなかったですよ」と断言していきたいと思っています。
 
そこで、自分で残るという選択肢を選んだ方々に対して、「あなたは子供をがんのリスクにさらしているんだ」というような言い方をするのは、ぜひやめていただきたいと思います。それは違いますから。子供をリスクから守るという意味では、たとえば父親の元を離れて母子だけで逆単身赴任みたいに避難することにも、父親と触れ合えないとか、自分の故郷や友達と離れなければいけないというリスクがあったりするわけです。
 
ですから僕はこれからも、「個人が下した選択であるなら、避難という選択も残留という選択もどちらもまちがいではない」と断言していきたいと思うんです。今の現状だと「残っていることはまちがいだ、残っている奴は本当にダメなんだ、勉強不足だ」というようなことを断言している方のほうが多いので、それに対するカウンターパンチャーとして、僕はやや安全寄りの話をしていきたいと思っています。

SYNODOS JOURNAL : 【ふくしまの話を聞こう】 福島で生きるための放射線知識 佐藤順一.

講演なので本文長いですが、共感できる方は是非全文を読んでみてください。

東日本の復興と地域メディア–橘川幸夫ブログより

記事を友だちにメール印刷用ページ
  • 2011年11月 2日(水) 17:51 JST
  • 表示回数 581
東日本大震災

橘川幸夫さんは僕が高校生時代に創刊されたロッキングオン創刊メンバーで、その後ポンプという全部読者投稿という1970年代としてはとてもラジカルな雑誌を発刊したりして、まぁ、そういうことよりも当時の円vsドルレートが200円台で、Led ZeppelinもDeep PurpleもEric Claptonもあんまり日本に来てくれなくてあこがれの彼方だった時代に、こういう人たちをとても身近に感じさせてくれたロッキングオンの人、というだけで僕にはかけがえのない存在である。

当時高校生だった僕が既に50歳を超えているのだから、当時20台だった橘川さんたちの年齢は推して知るべしだが元気で活躍されているのが嬉しい。そんな橘川さんが今年9月からFC2でブログを始めた。自分の会社のブログもあるけど、こちらはもっと自由にものを書く、ってことなのかな?言ってくれればブログくらい僕が作るのに・・。僕のことを知っている人ではないので仕方ないんだけど。

橘川さんが8月末に三陸に行ってきた報告があった。メディアに拘ってきた人らしく地元メディアと人間の生活とでもいうべき切り口が新鮮だ。藤田新聞店という地元の新聞屋さんの還暦を過ぎた社長が手刷り・手渡しの新聞で活躍していることに触れている。

避難場所では、行政からの連絡事項や、ボランティアからの支援の情報が掲示板に貼られている。しかし、それをじっくり読む余裕もなく、貼られているということすら知らない人が多い。藤田さんは、そうした掲示板を周り、地域住民にとって重要と思われる項目をピックアップして、それを編集して「ふれあい交差点」に記事として掲載して地域に配布した。

以前にある企業のCSR担当の方の話を聞いた時に、企業が例えば「被災地の子どもを無料招待」というような企画を立てても、行政に頼むと掲示板に貼ってくれるだけで、全然、集まらないと言われたことがあった。藤田さんのような地域住民に対して、きめ細かい情報流通を作ってあければ、もっと効果的に支援の効果があがったと思う。

インターネットは確かにスピーディに、コストも安く情報伝達が出来るが、実際に支援情報を必要としている中高年には届かないことが多い。インターネットの情報圏外に、多くの本当に困っている人たちがいるのだ。

藤田さんの話で感動的だったのは、地域が孤立した時に、自衛隊が来て、野外入浴施設を設置してくれた。地域住民にとって、とても嬉しい支援だった。その役割が終わり、自衛隊は静かに撤収しようとしたという情報を藤田さんが聞きつけ、このままお礼もせずに返しては気仙沼のなおれだ、と、夜を徹して「ふれあい交差点」を他の新聞店まで行き、手折りで新聞にはさみこみ配ったという。翌日、自衛隊の撤収の時、多くの住民が集まり、感謝のお別れをしたとのこと。

(中略)

僕たちは、インターネットの時代を迎えて、自宅のパソコンで全ての情報が入手出来て、全ての人たちに情報を発信出来ると思いがちだろう。情報の表皮は、それで伝わるかも知れないが、血の通った本当の情報は、やはり、人と人との関係の中で交換されるものだと思う。顔の見える範囲での発信者と受信者の関係が成立する地域メデイアは、全世界的なインターネットメディアの中でこそ、新しい輝きを発していくはずである。

via metakit.blog39.fc2.com

パソコンの前に座ってググれば世界中のことが分かる気がする。インターネットは僕らをそんなところに連れてきてくれた。でも、ネットメディア論でよく話が出るようにネットをしない人が圧倒的にいる。それから途上国でもネットに縁も所縁もない人がたんくさんいると思われる。

face to faceのコミュニケーションとネットのコミュニケーション、これが補い合うのが正しいあり方かもしれない、と思いました。

[お題]震災から半年、変わらなかったこと

記事を友だちにメール印刷用ページ
  • 2011年10月 4日(火) 15:27 JST
  • 表示回数 618
東日本大震災

実際、多くの調査で、3・11以降人生観が変わった、という結果が出ています。たとえば雑誌『プレジデント』の10月3日号では、収入よりも家族との時間や社会貢献への意識が強まってきたという記事が出ていますし、同誌の1つ前の号(9月12日号)では女性の結婚観の変化も取り上げられていました。
もちろん、原発事故への対応と復興という大きな課題がありますし、関東では計画停電もありました。反原発や自然エネルギーの開発という動きも、大きな潮流となってきています。

前置きが長くなりましたが、その中であえて、震災を通しても「変わらなかったこと」をブロガーズ・ネットワーク翼の皆さんに聞いてみたいと思います。
自分のことでもいいし、周囲の社会のこと、あるいはもっと広く日本や世界のことでもかまいません。自分の中でこういう考え方や行動は震災前後で変わっていない、日本という国のここは大事なので、震災で失われなくてよかった、あるいは変わるべきだったのに、震災を通してさえ変わることができなかった、など、いろいろな視点があるかと思いますが、皆さんの目から見て震災前後の変化はどのようなものであったのか、「変わらなかったもの」という切り口で聞かせていただければと思います。

via tamago915.bloggers-network283.com

「震災から半年、変わらなかったこと」を正直考えたことなかったし、考えてみてもよく分かりませんでした。私の生活の中では変わったことはあまりなくて、震災前と変わらないことの方が圧倒的に多いです。家のローンの支払いと子供たちの学費のことを考えながら会社に行き、営業をし・・と働き続ける日本の普通のお父さんの毎日です。

毎日の生活では、スーパーに行くとレタスとかきゅうりとか野菜が高いなぁ、仕事では、あのメーカーの東北の工場、なんとか再開に漕ぎつけてやっと供給が始まったなぁ、よかったなぁ、という日常です。

こんな淡々とした毎日です。管理人さんの頑張りにこたえるためにも翼のエントリーはしていかなきゃだよな、と自分に言い聞かせる毎日です。

Togetter – 「3.11の地震・津波。福田なおみさんの呟き。」

記事を友だちにメール印刷用ページ
  • 2011年8月29日(月) 11:06 JST
  • 表示回数 776
東日本大震災

以前にも紹介した陸前高田で被災した高校生が、初めて当日の様子をTwitterで描写。あまりの凄まじさ、そこに居合わせた人々の胸の内、心の傷、そして無くなって行った人たち・・・を思うと胸が塞がれます。彼女が自らの言葉でこれを語れるようになるのにこれだけの時間が必要だったことに泣けました。そして復活への取組みは現在進行中。

一瞬何が見えているのかわからなくなりました 高田松原にある球場が「流れて」いました 正確には球場が流されていたわけではなく球場のところに海が渦々しく流れ込んできていたのです 私の父は消防団です いつものように水門が閉まっているか消防車に乗って確認しに行ってるはずです

via togetter.com

亡くなった方々のご冥福を祈り合掌。そして生き残った方々の再起を祈る。君たちのことを忘れない。最後のtweetで涙が出ました。

ごめんなさい みなさん泣かないでください 笑ってください!

About these ads

原発もあの戦争も、「負けるまで」メディアも庶民も賛成だった?

記事を友だちにメール印刷用ページ
  • 2011年8月11日(木) 13:45 JST
  • 表示回数 616
東日本大震災

日経ビジネスオンラインで池上彰氏の連載が始まった。第1回は『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』著者、東大教授の加藤陽子さんとの対談。不勉強でこの本知らなかったのですがずいぶん評判になったんですね。この本、面白そうなので後で読もう。ネット上でも様々論じられています。

日経ビジネスオンラインのこの記事を読んだのは、タイトルに惹かれてしまったから。侵略戦争と連合国への開戦と走っていった1930年代の日本人と現代の日本人は意識においてあまり変わっていない、というのはmugendaiさんも何度も触れていたことだ。加えて、敗戦・原発事故、いずれも社会の空気が一変するほどのインパクトのある事象だった。なんとなく感じていたことが言葉になっていたので読んだと思われる。

第2次世界大戦・自衛隊の存在などに触れて二人は、なぜ賛成と反対の議論が膠着してしまい、これらが止揚されて新しい展望や方法論が生み出されることにならなかったか、そして原発賛成派と反対派においても同じ轍が踏まれていたと語る。

 

加藤:それは、反対派の論じ方にも問題があったと思います。現実的な反対論というのは、本当に難しい。すぐに「絶対反対」の理想論に走り、神学論争を仕掛けてしまう。すると、先ほど池上さんがお話しされた自衛隊のヘリコプター問題のような「現実」がないがしろにされてしまう。今の原発だって、止めるにしろ続けるにしろ、「原発が実際にある」という「現実」を見据えないと、対応はできませんよね。廃炉に至るまでの工程では、まさに原子炉工学の粋が必要になってくる。専門家と技術者と運営主体は今後も欠かせないわけです。理想を掲げた反対運動に殉じてしまう。これでは「現実」は動きません。

個人的にはリベラルや左派こそ、オタクと称されるほどに、軍事や科学や技術に通暁して欲しいと思います。リベラルによる現実主義、保守による理想主義。この、あまり見かけない、たすき掛けの組合せを追求したいものです。

池上:第二次世界大戦、自衛隊=安全保障、そして原子力行政は、政府もマスコミも国民も、「現実を見ない」という点では「失敗の構造」が同じだったことが、はっきりわかりました。

via business.nikkeibp.co.jp

我々は、過去の失敗に学びこの業のようなものを転換することが出来るのだろうか?いや、必ず出来ると信じて前を向いて進みたい。

日本企業の産業用電力はどうしたらいいんだろう?

記事を友だちにメール印刷用ページ
  • 2011年7月10日(日) 19:55 JST
  • 表示回数 1,400
東日本大震災

韓国の李明博大統領が日本企業誘致発言をしていましたよね? 日本では電力供給に不安があるでしょ?って趣旨だったと思います。価格も安いよ、とか。

自動車産業・半導体産業、およびこれらを支える企業は大きな電力需要家です。節電節電の中で今まででも厳しいのに電気使いにくいし高くなりそうだし、で海外移転が加速したらそれはGDP的に大きな損失ではないのか?

聞いた話では、企業と家庭の電力消費比は7:3くらいで、家庭用の30%を10%節電しても全体の3%節約にしかならないとか。

一方、原発以降有名になった人の一人、環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也さんは、こんなことを仰っている

震災直後、東電が緊急の計画停電を発表したときの、節電の呼びかけと自粛による省エネ・節電効果は、なんと約500万kW前後にのぼったと推測される。

500万KWのうちどれくらいが家庭用だったんだろう?とても知りたい。飯田さんは上記のページで次のようなことも言っているんだけどその第1回に該当部分がない。私の見落としだろうか?修正があったのだろうか?

第一回でも述べたが、日本のピーク時の電力需要量は10年前から下がり続けている。近年では、観測史上もっとも暑かった昨年の夏でさえ、6000万kW弱である。もともと大震災前に予測していた今夏の最大電力量である5700万kWと比較しても、現実の供給能力は十分にカバーしていることがわかる。

私の調査不足とは思うのだが日本の産業用電力需要の数字がなかなか分からない。検索してたらこんなのがあった。原子力百科事典ATOMICA 行政の資料だから原子力マンセーになっているかもしれないのでそれはさっぴいて見る必要がある。

 

90年代後半に大口がガクッと下がっているがおなじところから「特定希望重要」というカテゴリーが始まっている。何か変更があったのだろう。2003年度の合計は8,280億kWh。23億kWh/日(365日換算)、このうち東京電力管内の数字が分かるといいんだが。

電力需要の変遷と需要構造というレポートによると鉄鋼産業などの国際競争力が落ちて半導体などの装置産業などが伸びて電力小消費産業の電力使用比率が高くなっているそうだ。あくまで2003年までの話でその後のことはここでは分からない。でも総量を見ると80年代後半から90年頃に下がってその後はまた右肩上がりだ

大抵の大口企業は自家発電している筈だけどその割合も産業別に同じところにあった。石油・石炭・紙・パルプ産業では自給率高いけど製造業全体では2003年時点で30%だ

あと面白そうな図としては「年負荷率の推移」というのがあった。1年を通して供給力に対してどれくらい需要があったか、と言うことらしいです。なんだ、余ってるんじゃん??っていうのは短絡か・・。夏のピークに合わせてキャパは必要なんだろう。

 

今回のエントリーには特に結論めいたものはありません。産業用電力は本当に大丈夫なのか?という疑問へのトライ&エラーです。なにかもっと詳しくご存じの方は教えてください。

自然エネルギー復興にはやはり政府のインセンティブが必要ですね

記事を友だちにメール印刷用ページ
  • 2011年7月 9日(土) 17:24 JST
  • 表示回数 566
東日本大震災

財団法人エネルギー総合工学研究所数年前の紀要からの引用です。地熱発電、海外ではどんどん伸びているのに日本では1997年橋本内閣の時代に予算外されて放置されてるんですね。

わが国は米国やインドネシアと並び,世界の三大地熱資源大国である。エネルギー資源のほとんどを輸入に頼っているわが国にとって,地熱資源は世界に誇り得る数少ない地下エネルギー資源である。しかも,再生可能エネルギー資源であり,安定電源であり,二酸化炭素(CO2)排出量からみてもクリーン電源である。

わが国は第一次石油危機の翌年(1974年)に「サンシャイン計画」をスタートさせ,第二次石油危機の翌々年(1980年)にはNEDO(当時は新エネルギー総合開発機構)を発足させた。その中で,地熱は常に主要な開発対象であった。わが国の地熱開発に関する組織的な取り組みは1990年代半ばまで,先進的であり,世界をリードしていた。その結果,1990年代前半には,地熱発電※1設備容量が倍増している。しかし,バブル崩壊(1991年)やアジア通貨危機(1997年)を経て,わが国の経済は不況期に入った。1997年には,税収不足等を背景に, 「新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法(新エネ法) 」で,地熱が「新エネルギー」から除外された。その結果,地熱は研究開発の停止を始め,様々なインセンティブを失い,地熱発電開発市場が一挙に冷え込むこととなった。小規模な開発を除き,その状態は今日まで続いている。地熱は2008年4月の新エネ法施行令改正によって, 「バイナリー発電」 ※2に限り, 「新エネルギー」に復帰したものの,市場はまだ冷え込んだままである。

一方,世界では地球温暖化や原油価格の高騰を受けて,エネルギーのパラダイムシフトが進み,地熱発電開発が急増している。とくに,最近の特筆すべき傾向は,ドイツやオーストラリアなど,火山や高温地熱資源に恵まれていない国々までが,深度3.5~4.5 kmに至る大深度の掘削を行って,地熱発電開発を積極的に推進していることである。このような世界的潮流にあって,わが国は一歩先んじていた過去の栄光にもかかわらず,最近10年間,世界の主要地熱資源国の中で,唯一,地熱発電開発を停滞させてきた。この状況は海外にも不思議に映り,2008年6月6日の上智大学講演会で,地球環境研究者レスター・ブラウンをして, 「日本は何故地熱発電を使わないのか?」と発言させた

このようになったのは東京電力の圧力の結果なのでしょうか? 行政と政治の怠慢なのでしょうか? このレポート2008年のようですが、この時点での国家別の地熱発電計画量、1位は米国、以下フィリピン、メキシコ、インドネシア、イタリアと続き日本は第5位です。

1999年から2006年までの増減率(世界8位以内)でみると、米国27%増、フィリピン3%増、メキシコ26%増、インドネシア45%増、イタリア3%増、日本2%減、ニュージーランド3%増、アイスランド148%増。90年代に世界のトップを走っていたのなら今頃地熱技術もどんどん輸出で来ていたかもしれないですね。勿体ない。

そして日本の時間軸で見た地熱発電量の推移。残念な状況がよく分かります。

Chinetsu

日本での問題の理由と克服方法については次のように述べられています。

  1.  国の政策的導入目標が0となっている
  2.  初期投資リスクに対する国のコスト優遇策が他国に比べて低い(例えば,蒸気フラッシュ発電をRPS[Renewable Portfolio Standard]法の対象外としているのはわが国のみ)
  3.  許認可優遇策が低い(ドイツの「再生可能エネルギー法」やインドネシアの「地熱法」のような一括法がなく,多数の個別法の適用を受けるため,長い開発リードタイムを要する
  4.  地熱技術開発が2002年度に停止された(主要地熱資源国ではわが国のみ)

等々による。また,わが国特有の障壁として,ほとんどの火山地熱地域を網羅した国立公園の開発規制と2007年3月現在28,154個も存在する温泉泉源との摩擦の問題がある。例えば,最近の我々の研究によれば,日本の150℃以上の熱水系資源分布域の81.9%が国立公園の特別保護地区・特別地域にあって,開発が規制されている (4)。これらほとんど全ての障壁は政策的に克服可能である。 

太陽光発電では中国など外国製がコストで優勢ですが地熱発電に政府がインセンティブ政策を実施すればGDPへの貢献は大きいのではないかと思います。

最初 | 前へ | 1 23456| 次へ | 最後