2018年7月18日(水) 12:05 JST

復興まだまだ、福島県の日本酒出荷量が震災以降今だに減り続けている

  • 表示回数 393
東日本大震災

番來舎イベント廃炉ラボトークに行ってきた。社会学者の開沼博さんが登場。併せて、福島県復興を日本酒で支えようという 一般社団法人ふくしまチャレンジはじめっぺ事務局長 小笠原隼人さんも登場。福島の日本酒を飲みながら福島を語ろう、という趣旨でした。

開沼さんの発表でチラッと出てきたグラフが気になったので自分で数値を調べてみた。たぶん、同じソースだと思うけど違ってたらすいません。

ソースは国税庁の清酒都道府県別課税移出数量の推移。2010年から2014年度までのものが公開されてます。
こちらは推移そのまま。

で、こちらが2011年度を基準とした増減の比較。

 

福島第一原発廃炉図鑑 を読んだ

  • 表示回数 633
東日本大震災

開沼博氏、糸井重里氏などが執筆しています。図解・写真が豊富で分かりやすい。福島に現実に暮らしている(いた)人々、働いている人々がそこに存在し、廃炉という避けて通れない事実をしっかりと見据えて、どうやってより住みよい場所にしていくか、という視点に共感する。

宮台真司 「結局、『絆』とはなんだったのか?」 2011.12.30

  • 表示回数 2,229
東日本大震災

TBSラジオ・荒川強啓デイキャッチ! 宮台真司デイキャッチャーズボイス「結局、『絆』とはなんだったのか?」より

誰かの助けを期待したり、誰かが何かをするのを当てにして「絆」を語ると「絆」という言葉が軽く嘘臭く手垢にまみれてくる。自らが困っている人たちに手を差し伸べる「行動」をする時にだけ「絆」ということばに真実が宿ってくる。

言葉というものは、いつでも行動に裏付けられてこそ真実を語るものになる。

About these ads

推進力を失った原子力発電 GEのトップが認めた高コスト、未来はガスと自然エネルギー?

  • 表示回数 763
東日本大震災

GEのCEOが「原子力発電はコスト競争力が無くなった」と認めたらしい。でも、大量のシェールガスが発見された米国ではそうなるけど、欧州・アジアではそうでもないらしい、というフィナンシャシャルタイムズの記事です。

 「欧州では、ガス市場が米国の状況と同じになる可能性は低く、そのため、各国の市場によっては、原発プロジェクトは経済的に正当化できる。また、アジアでは、各国はまだ高価な輸入液化天然ガス(LNG)に依存しているため、原発プロジェクトは非常に魅力的に見える」

推進力を失った原子力発電 GEのトップが認めた高コスト、未来はガスと自然エネルギー?.

福島の人々と一緒に考える

  • 表示回数 836
東日本大震災

佐藤順一さん。福島県郡山市の学習塾『佐藤塾』の講師&副塾長 。立教大学理学部物理学科卒・同大学院理学修士 。原発事故後、生徒や保護者から放射線について質問を多く受けたことから、放射線についての資料作成や、地域での講演・勉強会等の活動を続けている。

福島に住む人々はどのように放射線被害に立ち向かうべきなのか?立ち向かっているのか? そもそも放射線はどれくらい安心でどれくらい怖いものなのか?これに淡々と立ち向かっている人がいた。感動。お話は目から鱗です。

今は脱原発とか反・反原発とかいろいろな議論が出ていますけれど、今の福島はすでにそういうフェイズではないので、その辺の現実を理解してもらいたいな、と思うんです。つまり、原発の是非のような議論のプロパガンダとしてあんまり福島を使わないでください、という気持ちが非常に大きいですね。今はそれどころじゃない状況なので。お母さんたちの意見を見ても、「ここに住んでいて本当に大丈夫なのか」と自問自答をくり返していたり、子供がいるお母さんなんかは「子供がいるのに残るという選択をして、それは本当に正しかったのか」と悩んでいる方が非常に多いんですよ。そういう方々に対しては、僕はこれからも「その選択はまちがいじゃなかったですよ」と断言していきたいと思っています。
 
そこで、自分で残るという選択肢を選んだ方々に対して、「あなたは子供をがんのリスクにさらしているんだ」というような言い方をするのは、ぜひやめていただきたいと思います。それは違いますから。子供をリスクから守るという意味では、たとえば父親の元を離れて母子だけで逆単身赴任みたいに避難することにも、父親と触れ合えないとか、自分の故郷や友達と離れなければいけないというリスクがあったりするわけです。
 
ですから僕はこれからも、「個人が下した選択であるなら、避難という選択も残留という選択もどちらもまちがいではない」と断言していきたいと思うんです。今の現状だと「残っていることはまちがいだ、残っている奴は本当にダメなんだ、勉強不足だ」というようなことを断言している方のほうが多いので、それに対するカウンターパンチャーとして、僕はやや安全寄りの話をしていきたいと思っています。

SYNODOS JOURNAL : 【ふくしまの話を聞こう】 福島で生きるための放射線知識 佐藤順一.

講演なので本文長いですが、共感できる方は是非全文を読んでみてください。

東日本の復興と地域メディア–橘川幸夫ブログより

  • 表示回数 685
東日本大震災

橘川幸夫さんは僕が高校生時代に創刊されたロッキングオン創刊メンバーで、その後ポンプという全部読者投稿という1970年代としてはとてもラジカルな雑誌を発刊したりして、まぁ、そういうことよりも当時の円vsドルレートが200円台で、Led ZeppelinもDeep PurpleもEric Claptonもあんまり日本に来てくれなくてあこがれの彼方だった時代に、こういう人たちをとても身近に感じさせてくれたロッキングオンの人、というだけで僕にはかけがえのない存在である。

当時高校生だった僕が既に50歳を超えているのだから、当時20台だった橘川さんたちの年齢は推して知るべしだが元気で活躍されているのが嬉しい。そんな橘川さんが今年9月からFC2でブログを始めた。自分の会社のブログもあるけど、こちらはもっと自由にものを書く、ってことなのかな?言ってくれればブログくらい僕が作るのに・・。僕のことを知っている人ではないので仕方ないんだけど。

橘川さんが8月末に三陸に行ってきた報告があった。メディアに拘ってきた人らしく地元メディアと人間の生活とでもいうべき切り口が新鮮だ。藤田新聞店という地元の新聞屋さんの還暦を過ぎた社長が手刷り・手渡しの新聞で活躍していることに触れている。

避難場所では、行政からの連絡事項や、ボランティアからの支援の情報が掲示板に貼られている。しかし、それをじっくり読む余裕もなく、貼られているということすら知らない人が多い。藤田さんは、そうした掲示板を周り、地域住民にとって重要と思われる項目をピックアップして、それを編集して「ふれあい交差点」に記事として掲載して地域に配布した。

以前にある企業のCSR担当の方の話を聞いた時に、企業が例えば「被災地の子どもを無料招待」というような企画を立てても、行政に頼むと掲示板に貼ってくれるだけで、全然、集まらないと言われたことがあった。藤田さんのような地域住民に対して、きめ細かい情報流通を作ってあければ、もっと効果的に支援の効果があがったと思う。

インターネットは確かにスピーディに、コストも安く情報伝達が出来るが、実際に支援情報を必要としている中高年には届かないことが多い。インターネットの情報圏外に、多くの本当に困っている人たちがいるのだ。

藤田さんの話で感動的だったのは、地域が孤立した時に、自衛隊が来て、野外入浴施設を設置してくれた。地域住民にとって、とても嬉しい支援だった。その役割が終わり、自衛隊は静かに撤収しようとしたという情報を藤田さんが聞きつけ、このままお礼もせずに返しては気仙沼のなおれだ、と、夜を徹して「ふれあい交差点」を他の新聞店まで行き、手折りで新聞にはさみこみ配ったという。翌日、自衛隊の撤収の時、多くの住民が集まり、感謝のお別れをしたとのこと。

(中略)

僕たちは、インターネットの時代を迎えて、自宅のパソコンで全ての情報が入手出来て、全ての人たちに情報を発信出来ると思いがちだろう。情報の表皮は、それで伝わるかも知れないが、血の通った本当の情報は、やはり、人と人との関係の中で交換されるものだと思う。顔の見える範囲での発信者と受信者の関係が成立する地域メデイアは、全世界的なインターネットメディアの中でこそ、新しい輝きを発していくはずである。

via metakit.blog39.fc2.com

パソコンの前に座ってググれば世界中のことが分かる気がする。インターネットは僕らをそんなところに連れてきてくれた。でも、ネットメディア論でよく話が出るようにネットをしない人が圧倒的にいる。それから途上国でもネットに縁も所縁もない人がたんくさんいると思われる。

face to faceのコミュニケーションとネットのコミュニケーション、これが補い合うのが正しいあり方かもしれない、と思いました。

[お題]震災から半年、変わらなかったこと

  • 表示回数 716
東日本大震災

実際、多くの調査で、3・11以降人生観が変わった、という結果が出ています。たとえば雑誌『プレジデント』の10月3日号では、収入よりも家族との時間や社会貢献への意識が強まってきたという記事が出ていますし、同誌の1つ前の号(9月12日号)では女性の結婚観の変化も取り上げられていました。
もちろん、原発事故への対応と復興という大きな課題がありますし、関東では計画停電もありました。反原発や自然エネルギーの開発という動きも、大きな潮流となってきています。

前置きが長くなりましたが、その中であえて、震災を通しても「変わらなかったこと」をブロガーズ・ネットワーク翼の皆さんに聞いてみたいと思います。
自分のことでもいいし、周囲の社会のこと、あるいはもっと広く日本や世界のことでもかまいません。自分の中でこういう考え方や行動は震災前後で変わっていない、日本という国のここは大事なので、震災で失われなくてよかった、あるいは変わるべきだったのに、震災を通してさえ変わることができなかった、など、いろいろな視点があるかと思いますが、皆さんの目から見て震災前後の変化はどのようなものであったのか、「変わらなかったもの」という切り口で聞かせていただければと思います。

via tamago915.bloggers-network283.com

「震災から半年、変わらなかったこと」を正直考えたことなかったし、考えてみてもよく分かりませんでした。私の生活の中では変わったことはあまりなくて、震災前と変わらないことの方が圧倒的に多いです。家のローンの支払いと子供たちの学費のことを考えながら会社に行き、営業をし・・と働き続ける日本の普通のお父さんの毎日です。

毎日の生活では、スーパーに行くとレタスとかきゅうりとか野菜が高いなぁ、仕事では、あのメーカーの東北の工場、なんとか再開に漕ぎつけてやっと供給が始まったなぁ、よかったなぁ、という日常です。

こんな淡々とした毎日です。管理人さんの頑張りにこたえるためにも翼のエントリーはしていかなきゃだよな、と自分に言い聞かせる毎日です。

Togetter – 「3.11の地震・津波。福田なおみさんの呟き。」

  • 表示回数 872
東日本大震災

以前にも紹介した陸前高田で被災した高校生が、初めて当日の様子をTwitterで描写。あまりの凄まじさ、そこに居合わせた人々の胸の内、心の傷、そして無くなって行った人たち・・・を思うと胸が塞がれます。彼女が自らの言葉でこれを語れるようになるのにこれだけの時間が必要だったことに泣けました。そして復活への取組みは現在進行中。

一瞬何が見えているのかわからなくなりました 高田松原にある球場が「流れて」いました 正確には球場が流されていたわけではなく球場のところに海が渦々しく流れ込んできていたのです 私の父は消防団です いつものように水門が閉まっているか消防車に乗って確認しに行ってるはずです

via togetter.com

亡くなった方々のご冥福を祈り合掌。そして生き残った方々の再起を祈る。君たちのことを忘れない。最後のtweetで涙が出ました。

ごめんなさい みなさん泣かないでください 笑ってください!

About these ads

原発もあの戦争も、「負けるまで」メディアも庶民も賛成だった?

  • 表示回数 730
東日本大震災

日経ビジネスオンラインで池上彰氏の連載が始まった。第1回は『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』著者、東大教授の加藤陽子さんとの対談。不勉強でこの本知らなかったのですがずいぶん評判になったんですね。この本、面白そうなので後で読もう。ネット上でも様々論じられています。

日経ビジネスオンラインのこの記事を読んだのは、タイトルに惹かれてしまったから。侵略戦争と連合国への開戦と走っていった1930年代の日本人と現代の日本人は意識においてあまり変わっていない、というのはmugendaiさんも何度も触れていたことだ。加えて、敗戦・原発事故、いずれも社会の空気が一変するほどのインパクトのある事象だった。なんとなく感じていたことが言葉になっていたので読んだと思われる。

第2次世界大戦・自衛隊の存在などに触れて二人は、なぜ賛成と反対の議論が膠着してしまい、これらが止揚されて新しい展望や方法論が生み出されることにならなかったか、そして原発賛成派と反対派においても同じ轍が踏まれていたと語る。

 

加藤:それは、反対派の論じ方にも問題があったと思います。現実的な反対論というのは、本当に難しい。すぐに「絶対反対」の理想論に走り、神学論争を仕掛けてしまう。すると、先ほど池上さんがお話しされた自衛隊のヘリコプター問題のような「現実」がないがしろにされてしまう。今の原発だって、止めるにしろ続けるにしろ、「原発が実際にある」という「現実」を見据えないと、対応はできませんよね。廃炉に至るまでの工程では、まさに原子炉工学の粋が必要になってくる。専門家と技術者と運営主体は今後も欠かせないわけです。理想を掲げた反対運動に殉じてしまう。これでは「現実」は動きません。

個人的にはリベラルや左派こそ、オタクと称されるほどに、軍事や科学や技術に通暁して欲しいと思います。リベラルによる現実主義、保守による理想主義。この、あまり見かけない、たすき掛けの組合せを追求したいものです。

池上:第二次世界大戦、自衛隊=安全保障、そして原子力行政は、政府もマスコミも国民も、「現実を見ない」という点では「失敗の構造」が同じだったことが、はっきりわかりました。

via business.nikkeibp.co.jp

我々は、過去の失敗に学びこの業のようなものを転換することが出来るのだろうか?いや、必ず出来ると信じて前を向いて進みたい。

日本企業の産業用電力はどうしたらいいんだろう?

  • 表示回数 1,484
東日本大震災

韓国の李明博大統領が日本企業誘致発言をしていましたよね? 日本では電力供給に不安があるでしょ?って趣旨だったと思います。価格も安いよ、とか。

自動車産業・半導体産業、およびこれらを支える企業は大きな電力需要家です。節電節電の中で今まででも厳しいのに電気使いにくいし高くなりそうだし、で海外移転が加速したらそれはGDP的に大きな損失ではないのか?

聞いた話では、企業と家庭の電力消費比は7:3くらいで、家庭用の30%を10%節電しても全体の3%節約にしかならないとか。

一方、原発以降有名になった人の一人、環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也さんは、こんなことを仰っている

震災直後、東電が緊急の計画停電を発表したときの、節電の呼びかけと自粛による省エネ・節電効果は、なんと約500万kW前後にのぼったと推測される。

500万KWのうちどれくらいが家庭用だったんだろう?とても知りたい。飯田さんは上記のページで次のようなことも言っているんだけどその第1回に該当部分がない。私の見落としだろうか?修正があったのだろうか?

第一回でも述べたが、日本のピーク時の電力需要量は10年前から下がり続けている。近年では、観測史上もっとも暑かった昨年の夏でさえ、6000万kW弱である。もともと大震災前に予測していた今夏の最大電力量である5700万kWと比較しても、現実の供給能力は十分にカバーしていることがわかる。

私の調査不足とは思うのだが日本の産業用電力需要の数字がなかなか分からない。検索してたらこんなのがあった。原子力百科事典ATOMICA 行政の資料だから原子力マンセーになっているかもしれないのでそれはさっぴいて見る必要がある。

 

90年代後半に大口がガクッと下がっているがおなじところから「特定希望重要」というカテゴリーが始まっている。何か変更があったのだろう。2003年度の合計は8,280億kWh。23億kWh/日(365日換算)、このうち東京電力管内の数字が分かるといいんだが。

電力需要の変遷と需要構造というレポートによると鉄鋼産業などの国際競争力が落ちて半導体などの装置産業などが伸びて電力小消費産業の電力使用比率が高くなっているそうだ。あくまで2003年までの話でその後のことはここでは分からない。でも総量を見ると80年代後半から90年頃に下がってその後はまた右肩上がりだ

大抵の大口企業は自家発電している筈だけどその割合も産業別に同じところにあった。石油・石炭・紙・パルプ産業では自給率高いけど製造業全体では2003年時点で30%だ

あと面白そうな図としては「年負荷率の推移」というのがあった。1年を通して供給力に対してどれくらい需要があったか、と言うことらしいです。なんだ、余ってるんじゃん??っていうのは短絡か・・。夏のピークに合わせてキャパは必要なんだろう。

 

今回のエントリーには特に結論めいたものはありません。産業用電力は本当に大丈夫なのか?という疑問へのトライ&エラーです。なにかもっと詳しくご存じの方は教えてください。